2013年2月14日木曜日

鉄道でゆらゆら

野暮用で会津から郡山へ、そして郡山から会津へ戻ります。

磐越西線久しぶりに乗りました、たまには鉄道ってのも良いもんです、ゆらゆら揺られながらブログ書いてます。

いつか会津線でのんびり浅草までプチ旅行してみたい、何てことをふと考えた。

2013年1月28日月曜日

俺と息子と・・・

息子から電話が来て長電話してた

なんだか嬉しい

色々苦悩があるのは当然だし知ってたけど、電話してくれたことが嬉しい
息子にとって社会というものは自衛隊しか知らない訳なんだが、どこへ行っても苦労や苦悩は同じなんだよってことを俺なりに話した

親が子供に言うことって大体そんなことだろう?

2013年1月10日木曜日

日本の一番長い日

日本の一番長い日という映画を観た、所謂終戦の日のお話だ。

玉音放送を阻止すべくクーデターを起こしてしまった近衛師団の将兵達の宮城事件というのがあるのだが、この事件を今まで私は知らなかった

たまたま光テレビの放送に見入ってしまったのだが、以前に何らかの本でそのような終戦間際の抵抗の話は読んだことがあり、そういうことだったのかと納得、いやこれらの問題に納得している訳ではない

それは、やはり歴史や時代背景に対する造詣が私自身浅いからであろうと改めて確認させられるところだった、今後も考える事や様々な資料に接する事を止めずに居たいものであると思います。

今日は十日市

今日は会津若松の初市である十日市です、毎年この日はお天気が荒れ気味なのですが今年は今のところ風は冷たいものの穏やかな部類かもしれません。

十日市というと子供の頃を思い出す、とても込み合う神明通りに沢山の屋台、迷子になってしまったり、父親の知人に見つけてもらうものの「知らないおじさんにはついて行ってはだめです。」と厄介をかけた。

若松の人はこの初市で縁起物の市飴を買ったり起き上がり小法師や風車などを新調する。

神棚なども十日市で買うと良いとされており数年前に我が家も購入した。

今年は我が家は私一人なので行くか行かぬか微妙ではある。

2012年10月5日金曜日

防人の人


一昨年、息子が航空自衛隊の試験に落ちて落胆していた頃から日本周辺のきな臭さが一層増して来たことは感じていた

内心、来年は受かると思った

親としては非道と思われるかもしれない

そして春先から準備を始めていた矢先に海上自衛隊に拾ってもらえたと考えている、辞退者が出たのだ

勿論、息子の意志を確認した、無理やり押しこんでもやる気がなければ脱落するだけだ、申し訳ないとは思うがこんな時代だからこそ防人の仕事をする奴も居なければいけないんだということを小さい頃から教えていたつもりだ

4月2日
突然の話しだった「辞退者が出たのですが、息子さんは航空志願でしたよね?」

「どうでしょうか?時間が無いので30分後まで返事を下さい、次の人へ打診する都合がありますので」

「わかりました、すぐに意志を確認して折り返しお電話します」

息子はのんきに家で寝ていた
俺は、たたき起こして「おい!大変だぞ、海上自衛隊に空きが出たぞ」

「お前に話が来ているが、どうする?」

「え!ああ、そうですか」

「返事をしなくちゃいけないんだけど海上自衛隊に行くか?」

「あ、はい!行きたいです」

そして次の日には横須賀の教育隊へ入隊手続きに行ったのだった
劇的すぎて何が何だかわからなかっただろう